「ガンコ山マスターへの道〜焚き火道〜」
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(3)【焚き火の3大原則第2条・小さな火から大きな火を育てる】
どうやって、炎を燃やし、火を育てるかという話です。
良質な焚き火は、最終的には薪を燃やすことによって成り立つ。
薪とは、杉であれ、雑木であれ、丸太状にタマギリカットされたものを、薪割で縦に割ったものだ。薪のつくり方は【薪割りマスター】のところで説明させていただくのでここではカットする。
しかし、いきなりマッチやライターで薪に火を付けることはできない。
順を踏んで、火を育てていかなければ、火は育たないという火の習性を、よくパートナーや子どもさんに教えてあげてほしい。火は電気のスイッチじゃないということ。
まず、 ガ ンコ山 ヴ ィレッジでは杉林があるので、そこから枯れて乾いた杉ッ葉を集めてくる。これが焚付けの材で、焚き火のキッカケとなるものである。椎などの枯葉でもよい。
但し、完全な落ち葉でなく、細い枯れ枝にセットされたものにする。
恋の焚付けキッカケはいくらでもつくれるし、落ちているが、淡いものであり、ポッと火は付き易いが、すぐに消えてしまうものである。
焚き火の焚付け火も同様である。
そこで、消えないようにあらかじめ算段をしておく。つまり、次のもう少し、大きな火にする手を打っておく、次の吊り餌を算段しておくということだ。
落ちている木なら極細い小枝をたくさん集めておく。あらかじめ、杉ッ葉など最初の焚付け、キッカケさんの上に載せておく。細い小枝でなく、細めの竹を細かく割ったものでもよい。
但し、この時、竹なら何でもよいということではない。房州には主にモウソウダケ、マダケ、ハチクという代表的な竹3種がある。
モウソウは八百屋に出るタケノコの親でとても太い。こんなものは焚付けの次の段階ではとても火がつかない。マダケは ガ ンコ山 ヴ ィレッジの敷地にないのでハチクをまず使用する。
ハチクは「破竹の勢い」の文字と勘違いされるが、そういう漢字を当てるのではない。
確かに破竹の勢いっぽく出るのには間違いないが、漢字では「淡竹」と入れる。
モウソウより細く、そのタケノコはモウソウよりアクがすくなく美味である。普通のタケノコ料理としても使えるが、味噌汁にしたり、丸焼きにしたりすると独特の美味しさが出る。
丸焼きは、焚き火の中に皮ごとそのまま突っ込む。このときアルミ箔をまく必要はない。
取り出して皮をむくと、いやらしい感じで身がペロンと出てくる。それに醤油をつけて豪快にしゃぶる、じゃなくて食べる。
話を、焚き火に戻す。
焚き付け材の上に、この竹を丸ごと入れたのではいけない。火が付きづらいし、付いたとしても爆発して撥ねる。竹は節と節との間は空洞だから、熱せられると爆竹のように撥ねて危ないので、竹をくべる時は、いつも割らなければいけないことを覚えておいていただきたい。
ナタでワリを入れてもよいが、 ガ ンコ山 ヴ ィレッジでは【バット君】という杉の丸太を加工した叩き潰し器で竹を縦に粉砕する。このとき自分の足を粉砕しないでいただきたい。
【バット君】は、しっかりと足を広げた真中に竹を置いて、強く地面に叩き落すように使う。そうするとナタでも割れないモウソウダケの太いものでも、縦割り粉砕できる優れものだ。
とにかく、この【バット君】でハチクを粉砕して、最初は細かい割材を「焚付けキッカケ君」の上に置いて、火を次のステップの大きさに誘導する。
ここまで、おさらいすると「焚付けキッカケ君」で、できた淡く不安定な火を、なんとか消さないで次の小さな炎につなげていく努力を示してきた。
さて、ここで「焚付けキッカケ君」によく新聞紙などを使用する方がいる。これが、「焚き火の3大原則第1条」に反することはすでに書いた。それだけでなく、新聞紙などは焚付けにも不向きである。
確かに新聞紙はぺらぺらで燃えやすいかもしれない。しかし、ぺらぺらで内容がないから、次の炎にステップアップできないのだ。
「杉ッ葉」や「小枝付き枯葉」には葉が燃えて、その後に、それがついていた「極細い小枝」に火が渡り、次の「小枝」や「細い竹割材」に付くための火渡しをするわけだ。
葉には、ごく細く「とも枝」という芯がある。それをたどれば、もう少し太い枝の芯があり、最後には、ついに幹という太い芯にあたる。
焚き火の薪を燃すということは、最後には幹という太い心に炎を燈すことだ。
然るに新聞紙は、火はつきやすいかもしれないが、どこまで行ってもペラペラで、そのとき燃えたらアトクサレなく、サッサッと去っていってしまう。「はい、お時間それまでよ」の世界だ。
なぜか?新聞紙には心がないからだ。
新聞紙のような、こういうものを焚付けに使うというのは、自分の愛の欲求を、テレクラや風俗で満たそうというのと同じ程度安易といってよい。
とにかく、それに気づかない方はどんどんと新聞紙を入れまくる。
しかし、所詮一夜限りのお伴は一夜限りのお付き合い。どんなにお金をつぎ込んでも、振り向いてはくれない。真の愛の炎には転化しないものだ。
また、せっかく正当な努力で「焚付け材」を拾い、チャンスをつくっても、次の作戦算段を持っていないのであれば、もう少し安定した火にはならない。次の算段がなくて、炎を求めようとすれば、永久に「杉っ葉」の焚付け材を拾い集めて、くべつづけなければならない。
これはもう、永久に貢ぎつづけ労力を磨り減らすか、相手に愛想をつかされるかのどっちかである。で、我慢できずに、ついに薪という心の幹、爆弾を持って突貫。「焚付け材」ばかりの焚き火にくべる、すると「アンタ図々しいんだよ、ウザイ!」と横面をひっぱたかれるか、肘鉄を食らうか、で、焚き火の火はジ・エンド。
恋の炎も。
「炊き付け」とは「あの人いいな」と思って何かキッカケをこさえて、あるいは気を引いて、やっとこさ、口を訊いてくれるようになった程度の段階だ。
その後、何もしなければ直ぐに記憶からも消され、かといって同じ手口で前に進もうとしても、無駄な資力労力を使って、から回りするか、愛想をつかされるだけだ。
「小枝」や「竹割材」など違う材料で少し火を灯らすことだ。しかし、これで薪をくべてよいほど火が充分になるわけではない。
まだ「お付き合いしてもよいかな〜」か、せいぜいほんの指と指が偶然絡みつく程度のもので、もっと炎を大きくする努力をしなければ、「薄っぺらなヤツね」で終わってしまう。
薪がくべられるようになるまでは、基本的には手抜きはない。どんどん、どんどん。せっせと大きくなるよう努力する。「小枝」から「細い竹割材」から、もう少し、大きな普通の枝や竹割材をくべる。そして、少し大きくなってきて燃え方も激しくなる。
よし、恋の炎が沸き上がってくるぞ!どんどんくべる、どんどん燃える。
またまたくべる。
しかし、これでも薪をくべるには早すぎる。
焦ったらダメだ。
もう少し大き目のものを入れる。
相手が釣れたら今度は面倒臭くなる。
この段階では油断よりも、面倒臭くなって大き目の「焚き火材」をくべて、手抜きで放っておこうとする。
そうすると焚き火は拗ねて、煙だけ出して燻りだす。
ちょっと乱暴に扱いすぎた。
そしたら、今度は団扇で煽いだり、火吹き竹で吹いたりと、今度はご機嫌をとるような、今までと違う次元の努力を払う。
もう、お互いにわがままも言う仲になって、ついケンカもするだろう。
そんな時にふっと「ゴ・メ・ン」と言って、耳元からフーッと息を吹きかける。ってな
ことはガンコ山はやったこともないが、やたらに煽いでヨイショはいずこも同じだと思う。
いや、この感覚が無くなった方たちこそ、【焚き火道】で思い出していただきたいわけである。これは、薪として焚き火になってからでもやらなければならない努力である。
話はまた元に戻り、火は燃えていても、まだ薪を入れたわけではないところであった。
どの段階で薪をくべるか?
技術的なことだが、 ガ ンコ山 ヴ ィレッジでは嫉妬が高いときでなくて、湿度が高いとき肉厚のある太いモウソウダケの竹割材を入れる。
前にも書いたように竹は撥ねるから丸ごと入れられないので、例の【バット君】で叩き潰して叩き割られたものだ。
モウソウダケは油分が多く、火勢だけでなく、充分な熱量を発する。モウソウダケにしても太い枝にしてもこれらが、充分に燃え盛った時にようやく薪をくべる。
放っておいて、これらが燃え盛った後に、薪を入れても上手くいかない。時間だけ経っても醒めた愛に炎は灯らない。
さて、このように薪をくべて焚き火にするには、順を踏んだ努力が必要だということがお分かりいただけたと思う。
たまに、いらっしゃるのであるが、火の無いところに薪を転がし、いきなりトーチなどで薪に火をつけようとする御仁があるわけであるが、この行為がいかにむちゃくちゃな蛮行であるのかということがご理解いただけると思う。
これは、例えて言えば、道を歩いていて気に入った人に、いきなり抱きつき、「お、お、おい一発やらしてくれ!」と迫るのと同じくらいお天道様の理に反していることなのだ。
