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「ガンコ山マスターへの道〜山菜樹木道〜」
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(2)里山との付き合い方

 それでも、ガンコ山ヴイレッジの舞台は山の中の森林だし、ツリーハウスは樹木を利用して造られているわけなので、「山菜樹木(森林)」は、ガンコ山的生活の鏡として、きちんと取り上げなければならないテーマだと思っている。
 前に焚き火のところで「山」や「森林」はその時どきの「文化社会の鏡」だといった。日本の「里山」で言えば、文化社会の最小単位は「一家」であり、「一家に1台のお山」が理想の家財道具であっただろう。
 畑に必要な堆肥として落ち葉を集める。薪を燃料として使う。薪炭を売る。木を木材として売る。一家の生活スタイルに応じて山を利用し管理してきた。生活の自立の足しになるものであった。
 茅葺屋根の時代は、茅(ススキ)は、みんなが必要なものだから、入会地(共有地)として集落で管理した。ガンコ山ツリーハウスヴィレッジの斜面がなぜ開けているかと言えば、この入会地の茅場であったからである。なぜか、今はその一画に、茅葺の縄文ハウスがある。
 とにかく、一家ができるだけ自立して、できないところを集落が管理するというのが、一つの日本の山の管理単位であった。
 余談であるがもっと細かく言えば、集落の前に最寄という単位がある。これが一家の次の単位で、最寄より、少し薄い利害の縁を上、下などと表現する。
 最寄は水などの、無くてはならないインフラに共通の利害をもつのが一般的だ。そのため遠くの親戚より近くの他人の方が、縁が濃くなることがあったらしい。
 実際、最寄、上、下、それ以外の集落内の人の順で葬式の手伝い度も決められたようだ。
 ガンコ山ヴィレッジの近辺ではそうだと思うが、これが日本全国、共通の山村組織であるかどうかはガンコ山にはわからない。
 山村組織のことはともかく、山や森林は一家や集落の生活社会を反映し造られたものであった。人は多かれ少なかれ、人生に裏山を背負って生きていたのだ。そういう人たちが集まり、日本の生活文化を形つくっていた。
 薪炭エネルギーに頼らなくなり、外国から流入する安いもの、文化に価値を見出し、我々は裏山に価値を見出すことがなくなった。裏山の手入れを誰もがしなくなった。
 ガンコ山は「ガンコ山」というヘンテコな名前をつけたこの山を活用しているし、このヘンテコリンな名前の山は「ガンコ山式生活文化の鏡」である。

『(3)知ってどうする?森林マスター』へつづく
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